政治家の言葉は重い
政治家の発言はときに国運すら揺るがす。戦前の「銀行が破綻した」という蔵相発言は昭和恐慌の引き金になり、深刻な不景気と生活難をもたらした。終戦直後に首相が発した「全国民総ざんげ」は戦争指導者の責任を棚上げしたと遺族から糾弾された。歴史に残る失言である▲放言癖があだになったこともある。戦後復興期に「中小企業の5人や10人の破産や自殺はやむを得ない」などと繰り返した通産相が議会から不信任を突きつけられ辞任した。就任からわずか1カ月後のことだ▲「日韓併合は韓国側にも責任」との発言は外交問題に発展し、この文相は罷免された。「政治家失言・放言大全」(木下厚著)によれば、戦後の政治家の問題発言は優に500を超える。閣僚辞任に至った例も枚挙にいとまがない▲そのリストにまた一人加わった。「朝、死刑(執行)のはんこを押す。昼のニュースのトップになるのはそういう時だけという地味な役職」と述べた葉梨康弘法相が辞任した。法で定められているとはいえ、人の命を国家が奪う死刑を冗談で語る言語感覚を疑う▲法秩序を守り、国民の権利を擁護し、社会正義を貫く重責を担う法務省のトップである。個別の事件で検事総長に指揮権を発動できる強い権限も持つ。その自覚があるとは思えない軽々しさだ▲政治は言葉で動く。政策を国民に説明し説得する。その言葉が信頼を失えば、政治不信につながる。「綸言(りんげん)汗のごとし」の格言を持ち出すまでもない。政治家の言葉は重い。
毎日新聞余禄 2022/11/12(土)
岸田文雄首相は11日、法相は「死刑のはんこを押す時だけがトップニュースの地味な役職」などと発言した葉梨康弘法相を更迭した。死刑執行命令の権限を持つ法務行政トップの発言に、職務続行は不可能と判断した。岸田内閣で閣僚の不祥事による辞任は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)側との関係が問題視され10月24日に経済再生担当相を退いた山際大志郎氏に続き2人目。3週間足らずで2閣僚が更迭となる異常事態になった。
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